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最高裁判所第三小法廷 昭和41年(す)389号 決定 1967年2月28日

主文

大邱覆審法院が昭和一七年八月二一日金森健士に対して言い渡した放火被告事件の有罪判決に対する再審請求の管轄裁判所として、大阪高等裁判所を指定する。

理由

一、本件請求の要旨は、金森健士に対する放火被告事件につき、朝鮮総督府大邱覆審法院が言い渡した有罪の確定判決に対し、再審請求をなすについて、法律による管轄裁判所がなく、またこれを知ることができないから、その管轄裁判所の指定を請求するというのである。

二、右管轄指定請求書添付の関係書類によれば、金森健士は、昭和一七年八月二一日、大邱覆審法院において、放火罪(刑法一〇八条)により懲役一五年に処せられ、右裁判は、同年一〇月二六日確定したこと、同人は、その刑の執行を最初朝鮮の刑務所で受けたが、終戦後内地の刑務所に移され、同二二年一一月二四日、仮釈放によって熊本刑務所を出所し、同三二年一〇月二五日、期間の満了によりその刑の執行を受け終ったものであること、同人は、右判決宣告当時から現在まで引き続き日本人であって、現在大阪市に居住していることが認められる。

三、日本の統治下における朝鮮の裁判所(以下朝鮮の裁判所と略称する。)の後継裁判所については、特別の立法措置がなされていないのみならず、裁判所法施行法、同法施行令も、裁判所構成法に基づく裁判所に係属した事件に関する経過規定を設けているのみであるから、まず、大邱覆審法院が金森健士に対して言い渡した前記有罪の確定判決に対し、現在の日本の裁判所に再審を請求することができるかどうかについて検討する。

四、日本の統治下における朝鮮は、いわゆる内地と法域を異にし、その裁判所の組織、審級等は、内地の裁判所構成法に相当する朝鮮総督府裁判所令(明治四五年制令四号)によって定められていたが、その刑事事件の審判については、朝鮮刑事令(明治四五年制令一一号)により、原則として刑法、刑訴法(旧)によるものとされていた。そうして、共通法(大正七年法律三九号)は、一つの地域(同法にいう地域とは、内地(樺太を含む。)、朝鮮、台湾、関東州、南洋諸島を指す。)において罪を犯した者は、他の地域について処罰することができ(一三条)、一つの地域において刑事の訴訟もしくは即決処分または仮出獄に関してなした裁判、処分その他の手続上の行為は、他の地域における法令の適用に関しては、その地域においてなしたものと同一の効力を有し(一八条)、一つの地域においてなした刑の執行猶予の言渡または仮出獄の処分は、他の地域において、その地の法令によりこれを取り消すことができる(一九条)などと規定し、地域相互間の刑事事件処理に関する便宜規定を置いていた。

五、ところで、日本は、日本国との平和条約二条(a)項により、朝鮮の独立を承認して、朝鮮に対するすべての権利、請求権を放棄したのであるから、現在においては、朝鮮総督府裁判所令に基づく裁判所の存在を認めることができないことは明らかである。しかしながら、朝鮮の裁判所は、日本の統治権に基づく日本の通常裁判所であったのであり、朝鮮の裁判所のした裁判も日本の裁判であったことは疑いのないところである。しかも、前記朝鮮刑事令、共通法等の下においては、日本の統治下における朝鮮と内地とは、前記のように、刑事司法に関し、基本的に共通した点があり、両者は緊密な関係にあったものであって、特に共通法一八条によれば、朝鮮の裁判所の言い渡した有罪の確定判決は、内地における法令の適用に関しては、内地の裁判所の言い渡した有罪判決と同一の効力を有することとなる筋合いである。これらの点から考えれば、大邱覆審法院が金森健士に対して言い渡した前記有罪の確定判決は、刑訴法施行法二条により、旧刑訴法四八五条にいう「有罪ノ言渡ヲ為シタル確定判決」にあたるものとして、これに対し、現在の日本の裁判所に再審を請求することができると解するのが相当である。

六、次に、右再審請求の管轄裁判所について考えると、旧刑訴法四九〇条によれば、再審の請求は、別段の規定がある場合のほか、原判決をした裁判所がこれを管轄すべきものであるところ、前記のように、大邱覆審法院のごとき朝鮮の裁判所の後継裁判所についてはなんらの立法措置もなされていないのであるから、右再審請求は、同法一五条の「法律ニ依ル管轄裁判所ナキ」場合に該当し、同条および裁判所法施行令一九条二号に則り、当裁判所がその管轄裁判所の指定をなすべきものである。

そこで、右再審請求が放火被告事件の二審判決に対するものであり(裁判所法施行令二条一項、二項参照。)、また、金森健士および関係人の住居地が大阪市にあることなどを考慮したうえ、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎)

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